毎年7月24日に行われる「祇園祭(後祭)山鉾巡行」、昨年(2025年)観覧した時の様子を紹介します。
出発地点である烏丸御池交差点から先頭の山鉾が動きだすのは、午前9時半頃。
今回は、午前9時前に烏丸御池交差点に到着したところ、交差点南東角の一番前の場所が確保できたので、そのまま各山鉾が巡行に出発する様子を観覧することにしました。
御池通沿いには、ズラリと有料観覧席が並んでいました。
ゆっくり座って観ることができるのは魅力的ですが、炎天下に晒されるのはかなり大変。せめて日陰ができるように頭上に幕でも張ってあったら、利用してみてもいいかなと感じました。
最初の山鉾は、くじとらずで後祭巡行列の先頭を行く「橋弁慶山」です。
謡曲「橋弁慶」を題材とした御神体で、牛若丸と弁慶が五条大橋の上で戦う姿が表現されています。
続いて、くじ取らずで奇数年は2番目に巡行する「南観音山」がやってきました。
病気の苦しみから人びとを救済する楊柳観音が御神体で、その象徴である柳の枝を垂らして巡行する山鉾です。
それでは、南観音山の巡行の様子をどうぞ(音がでます)。
続いて姿を現したのは、2025年後祭の山一番(10年ぶり)、応仁の乱の前から存在する舁山「役行者山」です。
以前宵山を紹介した時にも行き合った、聖護院門跡の修行者(山伏)も随行されています。
御神体として、役行者と一言主神と葛城神の三体が安置されています。
宿泊したホテルの目の前に建てられていた「浄妙山」がやってきました。
宵山の時には会所に飾られていた御神体が、今にも動きだしそうな躍動感あふれんばかりの姿で飾りつけられていました。
続いて、今年(2026年)の山一番(7年ぶり)を引き当てた「鯉山」です。
朱塗りの鳥居の奥には小さな祠があり、素盞鳴尊が祀られているのだとか。
中国の故事である登竜門の故事に由来する山で、山の上には大きな鯉の彫刻が安置されています。龍門の滝を登る、鯉の勇姿を表現しているそうです。
くじ取らずで奇数年は6番目に巡行する「北観音山」の姿が見えてきました。
南観音山や鷹山と同じく、屋根の上にそびえ立つ真木が目を引きます。
北観音山の前懸と後懸にはペルシャ絨毯、胴懸にはトルキスタン絨毯(東麺)インド絨毯(西面)が使用されているそう。
屋根のすぐ下に掛かる天水引には、観音唐草と雲龍図を隔年で使用されているのだとか。赤地牡丹唐草文様綴織の二番水引と金地紅白牡丹文様唐織の三番水引は、2006年より江戸時代の姿に戻したものです。
「八幡山」と「黒主山」の姿が見えてきました。
町内に祀られている八幡宮を山の上に勧請した八幡山は、山の上に江戸時代の製作といわれている祠が安置されています。
八幡山の巡行飾りは2種があるそうで、昨年は麒麟の胴掛けに童の見送りでした。今年は、慶寿裂の前掛けと龍の胴掛けに龍の見送りとなるようです。
黒主山は、謡曲「志賀」にちなんで、大伴黒主が桜の花を仰ぎ眺めている姿が表現されています。
山に飾る桜の造花は、粽と同様に戸口に挿すと悪事が入ってこないといわれているそう。
黒主山の巡行飾りは、水引が雲龍文様の繻珍、前懸は萬暦帝即位の折の御服と伝えられる古錦を復元した五爪龍文様錦、胴懸は草花胡蝶文様の綴錦となっています。
「鈴鹿山」では、鈴鹿山で道ゆく人々を苦しめる悪鬼を退治した鈴鹿権現(瀬織津姫命)を、金の烏帽子をかぶり手に大長刀を持つ女人の姿で表現されています。
2001年に新調されたという、胴懸の紅葉図綴織は色鮮やかで目を引きます。
反対側には1999年に新調された桜図綴織の胴懸が飾られているそうで、そちらも一度見てみたいもの。
最後から2番目に姿を現したのは、2022年に巡行に復帰された「鷹山」です。
コロナ禍において2020年、2021年の山鉾巡行が中止となり、3年ぶりに実施された2022年。鷹山の復帰が大きな話題となったことを覚えています。
残るはあと1基、後祭11基の山鉾の最後に巡行する「大船鉾」だけだったのですが、あまりの暑さに連れがダウンし、涼しい場所に避難しました。
ネッククーラーや日傘、水分補給をはじめ、いろいろと対策はしていたのですが・・・今年は無事最後まで観覧できたらいいなと思っています。

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