佐賀県佐賀市にある、肥前佐賀藩の藩祖「鍋島直茂」公を祀る、「松原神社」の紹介です。
場所は、JR佐賀駅南口から徒歩25分ほど。佐賀駅の東側にあるバスセンターからであれば、最寄のバス停「佐嘉神社前」まではバスで10分ほどかかり、そこから「松原神社」の社号標がある東側の境内入口までは、徒歩5分ほどです。
今回は、散歩がてらのんびり徒歩で訪れました。こちらが、松原神社の大鳥居となります。
実は最初、「松原神社」に隣接する「佐嘉神社」を目指していたのですが、たどり着いた鳥居の扁額に「松原社」とあり混乱!
調べてみたところ、1933年(昭和8年)に松原神社の西側に佐嘉神社の社殿が造営され、1961年(昭和36年)に運営が一体化されたそうです。
鳥居の先、石橋の両側には、大きな楠が枝を伸ばしていました。これは見事。
楠は佐賀県の県木であるためか、神社などを中心に大きく立派な楠を見ることかできます。
小さな石橋を渡ると、左側の楠の奥に白い鳥居があります。磁器製の「白磁の鳥居」です。
朝鮮出兵の際、直茂公が陶工たちを連れ帰ったことから、肥前の陶工が直茂公を「御神祖」として寄進したものなのだとか。
右側の楠の側には、頭に鉢巻を巻いた河童の石像がありました。
佐賀では、水辺を見守る河童「兵主部(ひょうすべ)」が知られており、松原神社の神門には兵主部の木像が掲げられています。
昭和50年代になると、兵主部木像は盗難や損壊から守るために神門から降ろされ、現在河童の石像がある辺りに「松原河童(かわそう)社」が設けられて安置していたそう。
それから、令和に入って行われた境内整備を機に、2024年6月末頃に元の位置に戻されたのだとか。
兵主部石像のすぐ隣にある社殿は、「猿田彦社(松原稲荷神社)」です。
祀られているのは、道ひらき・開運の神「猿田彦大神」、火伏の神「軻遇突智(かぐつち)大神」、五穀豊穣・商売繁盛の神「稲荷大神」の三柱。
佐賀においては、軻遇突智大神は「八天さん」として信仰を集めているのだそう。
稲荷大神は、旧佐賀城内二ノ丸に鎮座されている松原神社飛地境内神社「竹ノ森稲荷神社」より分霊を迎えられているそうです。
実は、猿田彦社の一角で、「鳩・鯉のえさ」1袋50円が販売されていました。鯉のえさは他の場所でも時々見かけますが、鳩のえさは珍しい気がします。
せっかくなので、鳩の餌を購入!
餌売場に近づいた瞬間から、どんどん鳩が寄ってきます。
お金を入れて餌を取ると、バサバサと翼を広げながら足下を占拠。中には、遠慮なく腕に乗ってくる鳩もいました。
猿田彦社の先には、大きな恵比須さまの石像「とんさん恵比須」がありました。「とんさん=殿様」の意味なのだとか。
佐賀市内には800体以上もの恵比須さまがいらっしゃるそうで、とんさん恵比須はその中でも最大の大きさになるそうです。なんと、高さ4メートル、重さ3トン! 確かにデカイ。
拝殿へと続く参道の途中にある手水舎で手を清め、先に進みます。
正面に見えるのが「神門」ですが、うっかり兵主部の木像撮影忘れ。残念。
松原神社には、南座に「鍋島直茂命」、直茂公祖父「鍋島清久命」、直茂公正室「彦鶴姫命」、初代藩主「鍋島勝茂命」の四柱が祀られています。
北座には、鍋島氏以前に佐賀を治めていた龍造寺家の三柱、直茂公の義兄「龍造寺隆信命」、隆信公嫡男「龍造寺政家命」、政家公四男「龍造寺高房命」が祀られています。
神門の内側には、「白磁の燈籠」があります。有田焼で知られる有田皿山より、奉納された燈籠です。これは美しい。
なお、直茂公が連れ帰った陶工 李三平は有田焼の陶祖であり、有田町にある「陶山神社」の境内社に祀られているそうです。
神門をはさんで燈籠の反対側には、表参道「新馬場」の入口にあった木製の大鳥居に掲げられていたという扁額が展示されていました。
神門の正面には、「拝殿」があります。
扁額にある「日峯(にっぽう)大明神」は、直茂公の法号に由来するのだとか。
「日峯さん」として親しまれており、春と秋にお祭りが開催されるそうです。
「昭明殿」の額が掲げられている拝殿は、広々としています。整然とした雰囲気が、なんとも言えません。
拝殿の手前に安置されている狛犬には、身体や足元に花が彫刻されています。たてがみや尻尾の毛並みも美しい曲線で描かれており、なんとも優美な姿でした。
個人的には、かなりお気に入りの狛犬です。
神社の周りには小さな堀がはりめぐらされ、木々に囲まれた景色も楽しめる「松原神社」。
佐賀市を観光するのなら、お勧めのスポットのひとつです。
基本データ 名称:松原神社 住所:佐賀県佐賀市松原2-10-43(佐賀城北濠端) 開門閉門時間: (4月~10月)午前6時~午後6時 (11月~3月)午前6時~午後5時半 電話:0952-24-9195 |

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