崇道神社(京都市左京区) 非業の死を遂げた早良親王を祀る神社

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 叡山電車 八瀬比叡山口駅から徒歩10分ほどの場所にある「崇道神社」の紹介です。

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 京都市中心部から大原へと向かう国道367号線(通称「鯖街道」)沿いに、うっそうとした木々に囲まれた鳥居があります。
 道路沿いには、「崇道神社」と白抜きで染められた朱色や紺色ののぼり旗が立っているので、わかりやすいと思います。

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 祀られているのは、光仁天皇の皇子で、平安京に都を遷した桓武天皇の実弟「早良親王」です。
 早良親王は若くして出家し、東大寺(奈良)で高い地位についていたそうですが、兄である桓武天皇の即位とともに還俗、立太子されました。
 しかしその後、長岡京造営のための責任者(造長岡宮使)であった藤原種継の暗殺事件の首謀者として廃され乙訓寺に幽閉、淡路に流される途中、無実を訴えて絶食死されたそうです。

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 その後、皇太子に立てられた安殿親王(のちの平城天皇)の発病、桓武天皇妃の病死、疫病の流行や洪水などが相次ぎ、それらは早良天皇の祟りによるものであるとされました。
 のちに「崇道天皇(すどうてんのう)」の名が贈られ、墓も現在の「八島陵(奈良市八島町)」に移されたそうですが、結局のところ長岡京に都が置かれた期間は短かったのは、早良親王の祟りを恐れたためともいわれています。

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 参道をまっすぐ進むと、ふたつめの鳥居がありました。
 そのまま階段をのぼると、突き当たりに本殿があります。

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 階段のかたわらには「崇道神社之碑」がありました。
 細かく彫られた漢字がびっしりと並んでいて、読むにはちょっとひと苦労。

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 階段をのぼり本殿へといたる途中、左手には手洗場がありました。
 すぐ横には「御手洗改築」と彫られた記念碑があります。「大正元年」と彫られていますので、その年に改築されたのだと思いますが、それにしては新しいような気も。

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 手前が拝殿、奥が本殿になっています。
 京都で早良親王を祀る神社は他にも「藤森神社」や「上御霊神社」がありますが、早良親王のみを祭神とするのは崇道神社だけだとか。
 京都以外だと、奈良市に「崇道天皇社」などがあるそうです。

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 御朱印は本殿に向かって参道の右手、無人の社務所の前に置かれていました。
 300円を納めて、あらかじめ準備してある御朱印をいただくという、いわばセルフ御朱印(?)です。なんとも日本らしいシステムですね。

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 「崇道神社之碑」から右の方へと足を進めると、「小野毛人(えみし)朝臣之墓」という案内がありました。この場所から道ならぬ道を140メートルほどのぼった場所にあるようです。
 「小野毛人」とは、中学校の歴史を学んだ方ならおそらく誰もが知っている最初の遣隋使「小野妹子」の子供です。

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 1613年に崇道神社の境内山腹の墓から鋳銅製の墓誌が発見され、この墓誌は1914年に国宝に指定されました。現在は「京都国立博物館」に保管されているそうです。
 毛人を埋葬したものであることが明らかとなった墓は、京都市内では数少ない奈良時代前期の遺跡であるため、京都市指定史跡にも指定されています。

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 境内にはこの他にも、「式内社 小野神社」「如意輪 観世音菩薩」などのお社もありますので、木々に囲まれた静かな雰囲気を味わいながら参拝してみるのもよいかと思います。

 近くには初夏の「青もみじ」や秋の「紅葉」で有名な「瑠璃光院」もあります。
 叡山電車の観光列車「ひえい」に乗って、のんびりと外の景色を楽しみながら旅してみるのもお勧めです。


 基本データ
 名称:崇道神社
 住所:京都市左京区上高野西明寺山町34
 電話:075-722-1486

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posted by ウィロー at 11:00 Comment(0)寺社・仏閣日記    

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